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しろくま先生のブログ
しろくま歯科医院より歯にまつわる楽しいお話や、
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2008年8月21日 (木)

大統領をも悩ます入れ歯

本日は、佐藤満先生の「入れ歯相談所」よりお届けいたします。

大統領をも悩ます入れ歯

どんなに偉い人であっても、あわない入れ歯には相当悩まされていたようです。アメリカ大統領の初代大統領のジョージワシントンもその一人です。

当時の入れ歯は上下の入れ歯がバネで繋がっていて、そのバネの力で口の中の押さえつけるものでした。ワシントンの肖像画を見ると、口元が一文字にしっかりと結ばれ、きびしい表情をしています。非常に気難しい印象を受けます。しかしこれは威厳を保とうとしているわけではないのです。唇を閉じて、力一杯噛み締めておかないと、入れ歯が飛び出してしまうからなのです。

強力なバネのバネの入れ歯ですから、その力で入れ歯は歯ぐきに食い込んで痛いですし、食事にも困っていたそうです。

3期目の大統領選挙を拒否した理由の一つに、入れ歯のためまともな発音が出来なくなり、人前で演説するのが嫌になったから、という説もあります。それほど悩まされていたのです。

イギリスのエリザベス一世も虫歯に苦しんで前歯を泣く泣く抜いたそうです。その後に入れ歯を作ったようですが、口を開けてはいけないと言われたぐらいですから、とても人には見せられないとんでもない入れ歯だったのでしょう。笑うときも口や手を扇子で覆うというエチケットができたのも入れ歯のせいだといわれています。

日本はどうでhそう。南総里見八犬伝を書いた滝沢馬琴は、入れ歯を3両で作ったのですが、痛いし、合わないで高すぎると怒ったそうです。

東洋、西洋を問わず、入れ歯の評判は昔から相当悪かったようです。

現代の入れ歯は、しっかりと合うように作れますから、良い時代に生まれたものです。

参考文献 入れ歯相談所 佐藤満著 ブイツーソリューション

2008年8月15日 (金)

歯固めと寿命

本日は、磯村先生の著書「おもしろい歯のはなし60話」よりお届けいたします。

◇歯固めと寿命

年齢を表す「齢」という文字は「年歯」とも書き、「よわい」とも読みます。

「数珠繋ぎにならぶ年月」という意味があります。「年歯(としは)」は年齢のほどということで、年齢のい幼い場合にいうことが多いようです。たとえば、昔は「年歯もいかぬ娘おば・・・・」というような言い方をしていました。

また、年歯(端)月というと、陰暦正月の異称でもありました。

「齢」には寿命への願望がこめられていて、歯のなくなるところに寿命がつきるという、あきらめにも似た思いがあったのです。

「論語」に「没歯(ぼっし)」という言葉がありますが、これは、生命が終わる、寿命がつきるという意味を表しています。

秦の始皇帝の例を引くまでもなく、昔から人々の最大にして究極の関心事は、健康と長寿につきるといっても過言ではありませんでした。そして、「歯」と「長寿」とを結びつけて、歯は長寿の条件とみなす考え方があったのです。古代ギリシャのヒポクラテスは「長命者はたくさんの歯を持つ、すなわち、健康者は歯が丈夫でも老年になるまで保存される」と説いています。

滝沢馬琴も「玄同放言」の「草木身体同訓考」に「老年になっても歯がしっかりしている人は長生き出来る。それで歯を与波比という。我が国のならわしで初春に大きな餅(鏡餅)を固めて、松柏の類とともに飾って延年を祝い、しかる後これを食べる。名付けて歯固めという」と記しています。

このように長寿を祈る行事に「歯固め」というのがあります。この行事は平安時代初期に中国から伝えられたようです。昔、中国では正月に膠牙餅(こうがせい・・・かたあめ)をなめて、歯を丈夫にし、長寿を祈る習わしがありました。歯を齢という意味に解して、歯を固める長寿を願ったのです。

日本でも公家の社会でこれを真似て、年歯(端)月と言われる正月三箇日の間、鏡餅、猪、鹿、大根、押鮎、瓜、焼鳥、雉子などを食べるようになりました。いつ頃からこのような行事が行われるようになってかといいますと平安時代の初期と考えられ、九三六年に成立した紀貫之の「土佐日記」や紫式部の「源氏物語」にも歯固めのことが書かれています。最初の項は、宮中で行われていた行事でしたが、やがて民間に伝わり、正月の雑煮餅を祝う風習へと変化してゆきました。

しかし、民間においては、歳神に仕えた鏡餅そのもののことを歯固めというところが多く、ことにこの餅を凍り餅にしたり、かき餅にしたり、かき餅やあられにしたりして夏季まで保存し、六月一日に食べるという風習がかなり広い地方に残っていました。正月には神に供えたものには神秘的な霊力があるので、労働の激しい夏季まで蓄え、もう一度その威力にたよろうとしたわけです。歯固め餅と呼ぶ餅を食べる習慣が残っている地方があるそうです。

また、まだ歯も生えていない赤ちゃんが噛んだり、しゃぶったりして歯ぐきを固める玩具そのものを「歯固め」という場合があります。赤ちゃんが健やかに育ち、長寿を全うできるようにと、親心をこめて与えたと言われています。

参考文献 

2008年8月 6日 (水)

お歯黒は身だしなみ?

本日は、磯村先生の著書「おもしろい歯の話し60話」よりお届けいたします。

お歯黒は「鉄獎(かね)」ともいい、婦女が歯を黒く染めた風習です。一説によれば日本のお歯黒の風習は古墳時代(紀元2~3世紀頃)からはじまったと言われ、その頃の埴輪(はにわ)になかにお歯黒をしたものが見受けられます。

日常の風習となったのは平安時代になってからの事で、平安中期になると、女性だけでなく男性もするようになりました。そのきっかけは、後三条天皇の時代(1069~1072年)にひとりのキザな公家(源有二)の気まぐれからだと言われています。

その公家は、自分の顔を女性のように柔和に見せるためにお歯黒をしました。それ以降、女性の関心を引こうとして男もお歯黒をする習慣ができました。

そして平氏が公家の真似をし、武士も歯を黒く染めるようになりました。「女の歯を染めるは必ず婚談定まりてのことなり、黒色は変亡せざる故、夫婦の間も変わるまじとの義なり」と記されていて、武士は、忠臣二君に仕えず、という意気込みを、女性は貞節すなわち二夫にまみえず、という大切な誓いの意味を持っていたのです。

お歯黒の有名な話しに「新平家物語・巻九」(吉川英治)に書かれた平敦盛の最後の場面があります。熾烈をきわめた一ノ谷の戦いも、暮色とともに平家の敗北が決定的となります。源氏方の熊谷次郎直実が、落ちのびていく敦盛を波打ち際に見付け、力にまさる直実が敦盛を組み伏せて、首をかかんと内兜を持ち上げてみると、年の頃は16~17歳、自分の子供と同じくらいの若大将であることがわかります。「黒々と歯に鉄獎を染め、うっすらと、公達化粧の痕を残し、覚悟の眉をひそめている様、何かあどけなくさえ思われた。いきながら死んでいる乙女の容顔を見るかのような心地がした」、直実は泣く泣く、敦盛の首に刀を入れたとあります。

「北条五大記」にも、昔、関東の敵味方の合戦の時に、首実検でお歯黒をした首を武士の首と言って見せたので、戦場で討ち死にすることを覚悟して、もし討ち死にした時には恥をかかないようにと楊枝でお歯黒をするように心がけていたと書かれています。

しかし、戦国末期には、鉄砲を導入したスピードのある戦いとなったため、お歯黒をする暇も余裕もなくなり、武士のお歯黒は姿を消してゆきます。

一方、女性のお歯黒はますますさかんになり、お歯黒をしない女性は女性ではないとまで言われるようになります。幕末になるとしばしば異人が来航するようになり、彼らにはお歯黒は異様なもの、醜いものと映ったらしく、アメリカ艦隊のペリー提督は「日本遠征記」のなかで、「彼女らが慎ましくほほえむとルビーの唇が開いて、恐ろしげな腐食した歯ぐきに真っ黒な歯が並んでいるのがニュッとあらわれた」と、グロテスクな奇習として紹介しています。

日本の社会に深く浸透したお歯黒が姿を消すのは、明治になってからです。明治元年と3年に、お歯黒をするのは古い制度に従うものであるから、中止すべきであるという禁止令を政府が出すのですが、庶民はなかなかお歯黒の風習をやめようとしませんでした。

そこで、明治6年、皇后と皇太后がみずからすすんでお歯黒をやめて模範をしめし、それから以後、お歯黒の風習は急速に姿を消していったのです。

しかし、皮肉な事にこのお歯黒が虫歯予防に有効なことがわかってきたのです。

参考文献 おもしろい歯のはなし60話 磯村寿賀人著 大月書店

2008年7月25日 (金)

直立歩行で激変した人の口の構造

本日は、松矢篤三・古郷幹彦先生の共著である「のどちんこの話し」よりお届けいたします。

直立歩行で激変した人の口の構造

犬など四つ足の動物は、頭蓋骨と背骨(脊柱)が一直線に並んでいますが、人のように二足歩行の動物では、頭蓋骨は垂直な背骨の上に横向きに乗っかっています。

ですから、犬は四つ足歩行の姿勢でまっすぐ前方が見えているのですが、人は四つんばいではよほど首をしっかり持ち上げないと、水平に前方が見えません。

類人猿が直立して歩き始めたのは100万年以上前とのことですが、四つ足動物が急に立ち上がったのでは、空しか見えなくて往生したに違いありません。しかし自然は良くできたのもので、直立したり四つんばいになったりしている間に、徐々に頭蓋骨と背骨が角をなすようになり、人では頭蓋骨と背骨のなす角は直角に近くなっています。

頭蓋骨と背骨が一直線をなしている動物は、口腔、咽頭、食道あるいは鼻腔・喉頭・器官を構成する管腔は大約一直線に並んでいますが、頭蓋骨と背骨のなす角が直角になると、それに合わせて、この管腔もどこかの部位で屈曲することになります。

これによって、軟口蓋の後方が下垂し、水平であった舌の後方1/3が、折れ曲がって「く」の字となりました。咽頭の位置も下方に移動し、重なっていた軟口蓋先端(のどちんこ)と咽頭蓋が引き離され、軟口蓋先端と咽頭蓋の間に空隙が生じると同時に、広く長い咽頭腔が形成されたのです。

さらに、体を支える役割から解放された二本の前脚は、二本の腕として種々の機能を獲得したことも手伝って、前述の口腔、咽頭の形態変化により、人は他の四つ足動物とはずいぶん異なった口の機能を獲得するとこになったのです。いつか説明しますが、人が「言葉」という機能を持ち得たのも、この形態変化によるものです。

参考文献 のどちんこの話 松矢篤三 古郷幹彦 共著 医歯薬出版

2008年7月 2日 (水)

オーラルヘルスプロモーションとは

本日は、千葉栄一先生の著書オーラルケアのためのアロマサイエンスよりお届けいたします。

オーラルヘルスプロモーションとは

ビジネスマンを対象としたある資料によれば、ニューヨークでは約9割以上の方が歯科の定期検診をうけています。内訳は5割の方が1年に1回健診を受け、3割の方が半年ごとの検診となっています。

一方我が国の東京では、2~3年に1度でも定期検診を行っていると、自己申告した人は4割に見たず、6割以上は定期検診の習慣自体が無いことになります。

ニューヨークが特殊なのではないかといった反論が出そうだけれど、カナダと日本の比較でも同様の数値差が生じているのです。北米と日本では、日本の方が歯科医療機関は多く、明らかに受診しやすい環境にはあります。

また歯科医のレベルに関しても劣ることは無いと胸をはれます。では北米と何が違うのでしょうか?その答えがヘルスプロモーションの差といえます。

ヘルスプロモーションとは、健康促進の直訳の他にも、自らの健康を管理(改善)するための一連の活動・運動を示します。一法としてオーラルヘルスプロモーションが位置づけられます。我が国では、歯周病や口臭を気にする方が多いですが、口臭が歯周病原因菌に起因していることや、その歯周病原因菌を中心とした口腔バイオフィルムが、心疾患、動脈硬化、誤嚥性肺炎、高齢者の発熱、糖尿病などの、全身疾患の危険因子であることは、ほとんど知られていません。

口腔内には約1,000種類もの菌が存在し、唾液と血液を介して全身の様々な疾患部から検出されています。

「健康な心と体は口腔から」と我々歯科関係者は機会あるごとに訴えていますが、我々の力不足もあり、残念ながら例に出した北米のように浸透していないのです。

参考文献 オーラルケアのためのアロマサイエンス 千葉栄一/新谷明義 共著 フレグランスジャーナル

2008年6月25日 (水)

理髪外科医

本日は、長谷川正康先生の著書「噛む~歯は命~」よりお届けいたします。

中世紀口腔衛生を支えた理髪外科医

中世紀時代のイタリアにおいては、理髪師が医師の業務の一部、主として外科的範囲の瀉血、吸角法、抜歯、口腔内清掃などを担当していました。

瀉血(しゃけつ)は、刺絡(さつらく)ともいい、静脈に傷を付け血液を体外に出す医術の一方法です。血圧亢進、脳貧血、脚気による心悸亢進などのときに応用して効果を上げた古い時代の療法です。

吸角法は角法ともいい、これも医術の一種で、そのはじめは角製の吸血器を用いていました。皮膚の表面から傷を付けずに血液を吸い出す方法です。この吸血器も中世記には金属や、ガラスで作られるようになりました。この方法は洋の東西を問わず行われていたらしく、我が国では、丹波康頼が選した「医心方」(912年)には、角嗽(チトルカメ)という名で悪血をとり、血圧の高い人の隆圧に用いるとあります。この方法は、現在も漢方で蛭を利用して行われています。

それはさておいて、理髪師が外科を担当していた名残は、いまも看板として残っていることはご承知でしょう。あの理髪店の看板の白、青、赤です。包帯、シーツの白、動脈の赤、静脈の青を表しています。

この商標は、1540年、パリの理髪店外科医メヤーナ・キールが用いたのが最初とされています。

彼ら理髪師の本業は、もちろん整髪にあり、外科的処置や口腔内清掃は副業だったのでしょうが、外科的処置や口腔内清掃の料金は一定ではなく、その処置の状況によって礼金として受け取っていました。

その礼金をいちいち受け取る煩わしさを避けるために、礼金をいれる箱が置かれました。その箱には、本業の整髪の手を休めず迅速に仕事が出来るようにTo Insure Promptness(迅速を保証するために)と書かれていました。この文字を取るとTIP(tip)となり、これがお礼としてあげるチップの語源となったといわれています。

しかし、これには異説があるようです。中世期イギリスのコーヒー店でコーヒーを運ぶサービスを円滑にするため、入り口に箱を置きました。それは前と同じ文字が書かれていました。そこに小銭を入れたお客様からコーヒーが運ばれ、入れなかった人は後回しにされました。こんな事からサービスを良くするためのお礼をチップといったという説もあります。

当時、理髪外科医として有名であったチンチオ・ダマトの著書には小外科の処置法が述べられていますが、その他、歯石除去法、歯の汚染の処置法、歯磨剤の調整法などが記載されています。また、塩の水は歯を白くし、歯肉の潰瘍によいと、塩の効果を述べています。

最近、我が国にも審美歯科学会というのができましたが、ダマトは古代から医術の中に含まれ、「美粧医学」と名付けられ、理髪師は医師の仲間として美粧医学と、ある程度の外科の仕事の仕事に携わっていた、と。

したがって、この中世紀の時代、歯石を除き、歯を清掃して美しくする仕事は、当然、理髪師の手中にあったといっていいわけです。

ダマトは「歯に生ずる沈着物は、胃からのぼってくる蒸気によって出来るので、毎朝歯を擦り清潔にしなければならない。それを怠ると歯は変色して歯石に被われ、虫歯の原因となるので、これを取り除かねばならない」といっています。

このように、一般庶民の歯の清掃は、理髪師の仕事でもあったのです。この理由をJ・ウッドフォードは「抜歯を別にすれば、最良の理髪外科医の口腔治療は清掃であった。なぜなら、この頃の一般庶民は家庭用歯ブラシがなかったから、彼らに口腔清掃をまかせた」といっています。

理髪外科医は、18世紀(1745年 江戸中期)までヨーロッパに存在していました。ヨーロッパ近世外科医の父と呼ばれるアンプロワーズ・バーレ(1517~90)が医師として身を立てるにいたった第一歩は、理髪店の見習生となって刺絡法を修得したのがその動機となったといいます。彼は、16歳の時、パリにでて理髪外科医の許に勤めて修行したといいます。

この他に、理髪外科医出身の医師も多くいました。現在のような型の歯ブラシが考案されたのは、ヨーロッパでは17世紀頃で、毛は馬毛が用いられました。

中国においては、959年頃(10世紀)の歯ブラシが発見されています。これは中国熱河省大管子村にあります遼時代(916~1125年)の王の墓の埋葬品の中から、洗面器、含嗽盃とともに見つかったものです。植毛はすでに腐敗して抜け落ちて何の毛かは分かりませんが、柄は象牙製であったといいます。中国ではかなり古い時代から使われていましたが、一般庶民には縁なき品であったでしょう。

曹洞宗の道元禅師の「正法眼蔵」の中には、中国の喜定16年(1223年)に宋に留学中に、牛角製柄に馬毛を植えた歯ブラシが使われていたことが出ているといいます。

参考文献 噛む~歯は命~ 長谷川正康著 求龍堂

2008年6月15日 (日)

上あごはまな板、下あごは包丁

本日は、茂木伸夫先生の著書「歯医者さんにかかると寿命が延びる」よりお届けいたします。

上あごはまな板、下あごは包丁

ものを噛むときには上あごと下あごの歯が噛み合って大きなものを小さく粉砕していきますが、上あごと下あごの骨の作りは全然ちがいます。

上あごは海面骨という比較的柔らかな骨で出来ていますが、下あごは緻密骨と硬い骨で出来ています。また、噛むときには顎関節という耳のすぐ近くにある蝶番が回転して下あごを動かしています。

ちょうど下あごは包丁の刃で、上あごは、まな板と考えてください。下あごの歯は、強い力が出せるようにがっちりとした下あごの硬い骨に支えられています。

また、下あごの歯で噛んだ強い力を硬い骨がまな板となって噛み合ったらどうでしょう。どちらも壊れるか、どちらかが壊れるかとなってしまうでしょう。

上あごの比較的柔らかな海面骨が衝撃をソフトに受け止められるように出来ています。また、上あごには上顎洞という空洞が頬の中に両側にあり、力を緩衝する役目も果たしています。

ある歯医者さんで下あごの親知らずを抜いてもらったら一晩中痛かった。でも今度違う歯医者さんで上あごの親知らずを抜いてもらったらほとんど痛みがなかった。今度の歯医者さんはとても上手だな。というお話。そうでしょうか。上あごは柔らかな骨のために外への痛みの放散がしやすいし、抜いたところへの栄養素なども運ばれやすいのです。

状況により症状はまちまちですので、間違って決めつけないようにお願いいたします。決めた主治医は信頼しましょう。

参考文献 歯医者さんいかかると寿命が延びる 茂木伸夫著 愛育社

2008年5月26日 (月)

なぜ歯の表面はあんなに硬いのか?

本日は、西川義昌先生の著書「知っておきたい歯と口の健康学」よりお届けいたします。

なぜ歯の表面はあんなに硬いか?

歯の構造は、大きく歯冠(しかん)部と歯根部に分かれます。

歯冠部は歯肉(歯茎)の上に出ている部分で、口を開けると普通に見えるところです。ふだん私たちはここをせっせと歯磨きしています。

歯冠部のいちばん外側は人体で最も硬い組織であるエナメル質で覆われています。エナメル質とは、一般に“被膜”のことをいい、歯のエナメル質は「ハイドロキシアパタイト」という物質で出来ています。

「アパタイト」は、リン酸カルシウムを主成分とする鉱物の総称です。アパタイトにもいくつかの種類があり、リン酸カルシウムに水酸基(OH)がくっついたものをハイドロキシアパタイトといいます。

歯のエナメル質は、ハイドロキシアパタイトが95~97%も占めていて、非常に硬い組織となっています。どれくらい硬いかといえば、物質の硬さをはかるモース硬度が6~7で、これは前述したように、鉄よりも硬く、水晶(石英)とほぼ同じくらいです。

人体にある硬い組織には、歯以外に骨や爪があります。骨はコラーゲン繊維を骨組みとしたその間をタンパク質とタンパク質に沈着した様々な無機成分が埋める構造をしていますが、主成分はやはりハイドロキシアパタイトで、骨の重量のおよそ70%を占めています。

それに対して、爪はケラチンと呼ばれるタンパク質がSS結合という強固な結びつきをしたもの(ハードケラチン)です。

さて、エネメル質のすぐ内側には象牙質と呼ばれる組織があります。象牙質は、体積からいえば歯のほとんどを占めていて、歯の本体といえます。象牙質という名の通り、象牙とよく似た成分からなり、やはり成分の70%ほどがハイドロキシアパタイトです。

もっとも、象牙は門歯(切歯ともいいます)が発達したものなので、ほぼ同じ成分からなるのは当然といえば当然なのです。象牙質はエナメル質に比べてコラーゲンタンパク質などの有機成分を多く含むため、その分エナメル質より柔らかくなっています。

象牙質のさらに内側には、歯の心臓部ともいえる歯髄があります。歯髄は、神経や血管が多数通っている柔らかい組織で、周囲には象牙質を作り出す象牙芽細胞があります。

歯科医が「歯の神経をとってしまいましょう」というときは、歯髄を除去することを意味しています。歯髄を除去してしまうと、神経がなくなるので虫歯の痛みを感じなくなります。見たところ以前のまま歯冠が残っていて、患者さんには痛みを取る手っ取り早い方法に思えるかもしれませんが、歯髄がなくなると、もはや象牙質が産生されることもなく、歯は死んだも同然といえます。強度も弱くなり、硬いものを強く噛むと、歯が折れてしまうことさえあります。だから歯科医の間では、歯髄がある歯を「生活歯」、歯髄を除去してしまった歯を「失活歯」と呼んでいます。

参考文献 知っておきたい歯と口の健康学 西川義昌著 山海堂

2008年5月14日 (水)

入れ歯の始まり

本日は、磯村先生の著書「おもしろい歯の話し60話」よりお届けいたします。

入れ歯の始まり

歯は上あご14本、下あごにも14本、合計28本あります(親知らずを除く)。

1~2本なくなってもそれほど不自由は感じませんが、残っている歯が少なくなってきますと、食事が思うように出来ず、何とかならないものかとあわてることになります。小林一茶は残った唯一の1本の歯で、何かを歯で加えて引っ張ろうとした時、その歯が割れて歯が1本もなくなってしまい、「歯はめりめりとくだけぬ。あはれあが仏とたのみたるただ1本の歯なりけり。さうなきあやまちしたりけり」としょげ帰っています。

古来から人々は、無くなった歯を取りもどそうと悪戦苦闘し、そこから入れ歯らしいものは、エジプトで発掘された紀元前2500年頃のものと言われています。我が国では奈良時代(708~778年)の頃からすでに入れ歯らしきものがあったようです。

しかし、現存する有名なものは、延宝3年(1675年)に没した柳生飛騨守宗冬の埋葬された墓所から発見さ総義歯です。この入れ歯の材料は、黄楊(つげ)の木で出来ており、前歯に灰色の蝋石(ろうせき)を歯の形に彫刻したものをはめ込んでいます。

本居宣長は総義歯を新調して、「思いきや、老の朽ち木に春過ぎて、かかる若葉の又老ひんとは」と、噛めるようになった喜びを詠んでいます。

日本hあ高温多湿多雨のアジアモンスーン型気候の恩恵を受けて、古代から全土が森林で追われていました。人類は森林を切り開き、樹木を伐採し、生活の向上に寄与させることによって、文明を気づきあげてきました。

しかし、低温や小雨といった樹木の成長に不利な地域では、森林資源の枯渇によって文明も衰退していったのです。

幸い日本では、伐採しても自然と樹木が成長する条件に恵まれていました。そして、10世紀頃から杉や檜を中心に植林がなされるようになり、日本固有の木の文化、仏像彫刻に見られる木工技術に支えられて、世界でもっとも優れた精密な義歯を生み出しました。

義歯の床の材料は朴(ほうのき)が使われました。ます、口の中の型を蜜蝋でとり、それを見ながらノミ、手斧、のこぎり、ロクロ等大工道具を思わせる工具類で顎の形を作っていきました。そして、象牙、牛骨、シカの角などを自然の歯の形に彫刻し、床に糸で結びつけました。

普通、患者さんの口の中で何度もあわせながら作るのですが、天皇や将軍などの高貴な身分の人たちの義歯を作るのは、命がけのようでした。脈をとるのでさえ、糸脈といって手首に絹糸をまきつけ、遠くのほうから脈をみたという信じられない話が残っているのです。

義歯を作る場合も、直接身体に触れることは出来ず、大きく口を開けてもらって、遠くからのぞき込みながら、直感をたよりに作られたようです。

日本の総義歯は現在のように上下別々で、それぞれ顎に吸着するようになっていて、文献をみますと1500年ころには完成されていました。西洋では、プロローグでお話したワシントンの総義歯のようなスプリング形式のものが主流で、日本の義歯のような吸着式の維持方法が理論的に発見されたのは1800年頃で、その実用化はさらに後年のことでした。

参考文献 おもしろい歯のはなし60話 磯村寿賀人著 大月出版

2008年4月22日 (火)

歯ブラシ、歯磨き剤のはじめ

本日は、磯村先生の著書「おもしろい歯のはなし」よりお届けいたします。

歯ブラシ&歯磨き剤

仏教を開いた釈迦は、健康のためにインド医学を基にした仏教医学をはじめ、その方法の一つとして歯磨きをすすめました。具体的な歯磨きの仕方というと、薬用になる木の小枝を噛んで、その樹液を吸い、かみ砕いた先端部分をブラシのようにして、歯や舌を磨くことでした。

薬木としては、菩提樹の若い小枝を鉛筆くらいの長さに切って使いました。インドの菩提樹は、中国や日本のシナノキ科の菩提樹とは異なり、熱帯地方に自生するクワ科の常用広葉樹で大きな木となり、仏典によると医薬の原料になると記されています。

この薬木は仏典では「歯木」と表されていますが、それは梵語の「歯に使う木」という意味の言葉でありました。

仏教の東進とともに中国にも「歯磨き」が伝えられました。中国では歯木の材料となる木がなく、ヤナギ科の喬木である楊柳(ようりゅう)を代用として使ったことから楊枝と呼ばれるようになりました。

唐の時代には楊枝による歯磨きも普及していました。指に塩をつけて歯を磨くことを中国では揩歯(かいし)と言い、揩歯をする人も多く、敦煌の壁画にも指で歯を磨く人物が書かれているそうです。

日本では楊枝は房楊枝と呼ばれ、江戸時代から庶民に広く使われるようになりました。9~30センチくらいの適当な長さ、普通は12センチほどのものの一端をたたいて、一寸(約3センチ)ぐらいの房状の毛束にしたものでした。テレビで放送された「木枯らし紋次郎」の楊枝のように、ながいものは、大楊枝と呼ばれていました。

明治初期、西洋医学の流入とともに楊枝も様変わりし、鯨(くじら)のひげと馬の毛を使った「鯨楊枝」なるものが発売されたこともありました。明治の中頃、「ライオン歯磨」より歯ブラシの名で発売されて、現在のような形状になって今日にいたっています。

歯磨き剤の歴史は古く、紀元前1550年頃の古代エジプトの文献パピルスに、歯磨き粉の処方がのっています。練り歯磨きは、ビンロウ樹の実を細かく粉状にしたものに、緑粘土。蜜、火打ち石、緑青を混ぜたものが使われていました。磨き粉よりも硬いもので、これで磨くとたちまち歯がすり減ったことでしょう。

歯磨き粉は、乳香、緑青、緑粘土などから作られていました。インドのシュルタという医者(釈迦と同年代)んは、蜜やある種の粉木で作った糊剤を歯木に付け、歯肉を傷付けないように歯を磨けば、不快な口臭や歯の汚れを落とすことが出来ると書かれています。

中国や日本では、歯磨き剤には塩を使っていました。エジプトの歯磨き剤が中国、朝鮮半島を経て日本に伝わったのは江戸時代のようで、我が国の文献に歯磨きという名称が見えるのは、寛永20年(1643年)に江戸の商人丁子屋喜左衛門(ちょうじやきざえもん)が大陸から渡来してきた韓国人の伝を受けて製造し、「丁子屋歯磨」あるいは「大名香薬砂8だいみょうこうやくさ)」の商品名で売り出したのが始まりとされています。

江戸時代の歯磨き剤の多くは、房州産の砂に竜脳、丁子、白檀などで香りをつけたり、土地によっては白砂や米糠(こめぬか)、蛤(はまぐり)の殻などを用いていました。

江戸では歯磨きブームが起き、歯磨き粉の販売合戦はすさまじく、楊枝や歯磨き粉を売る店先には評判の看板娘を置いて競い合ったと伝えられています。

「白い歯を見せれば売れる楊枝見世」

参考文献  おもしろい歯のはなし 磯村寿賀人著 大月書店

2008年4月19日 (土)

タクアン

本日は、西岡一先生の著書「噛めば体が強くなる」よりお届けいたします。

よく噛む習慣をつけるタクアンの復権

沢庵和尚が作り出したというタクアン。私の子供の頃には食卓に必ず並んでいいました。カリコリと歯触りのいいもので、適度な噛みごたえがあります。ご飯の終わりにはお茶碗にお茶を注ぎ、タクアンでお茶碗のなかをきれいにふいてからそのタクアンを食べ、「ごちそうさま」と手を合わせて食事をしました。

どちらのお宅でもタクアンは自前で、おいしいタクアンを作ることは主婦の自慢でありました。お茶請けとして、お酒のおつまみとして、おやつ代わりにだれもがよく食べました。今や好みが変わったのか、特有の臭いが気になるのか、自宅でタクアンをつけることが少なくなり、タクアン自信もやや珍しい食べ物になった感があります。自分の家で漬けたタクアンを知らない子供たちも多くなってしまったのではないでしょうか。

噛まなくなった食生活の象徴が、タクアンといえないだろうか。軟らかいものばかりの食生活のなかで、もう一度タクアンを見直しましょう。さあ、あなたもタクアンを自前でつくってみましょう。そして、子供達にタクアンにおいしさをアピールし、タクアンの復権を計ろうではありませんか。

よく噛む習慣をつけるために、タクアンは絶好の食材です。一度、実験してみて欲しいのです。一切れのタクアンは、ちょうど30回噛むのに適しています。噛みごたえのよいタクアンを食卓に復活させましょう。

ここで注意することがあります。本来のタクアンは、白に近い薄い黄色です。大根と塩と糠に漬けると、細胞が壊れて中の成分が出て、自然でデリケートな色のタクアンが出来ます。自然だからムラも出ますが、それが美しいのです。ところが漬け物業界は、ムラがあっては商品価値がないと思うのか、許可されている黄色の着色料を用い、かなり濃い黄色に染め上げてきます。

レストランなどで注文した玉子丼などについてくるタクアンは真っ黄色です。若い人たちは子供の頃からタクアンとはこんなものだと信じているので、何の疑いもなく食べていますが、これは黄色4号(タートラジン)という合成着色料を使っていることによります。この合成着色料はタートラジ過敏症といわれるアレルギーを起こすと言われています。また子供のアトピー性皮膚炎の原因として疑われてきたし、発ガン性も疑われています。黄色いタクアン、これは避けた方が良さそうです。もっとも食べ物の持つ自然な色の美しさに気づいて欲しい。

最近、一部のタクアンでは、着色料を黄色4号から天然色素のクチナシ色素に変え、色合いも比較的薄めとなっています。この天然色素はより安全と考えられますが、これさえも人工的に着色をごまかすことに変わりはありません。

タクアンに限らず、漬け物業界では、福神漬け、梅干しなど、多くの漬け物に無神経に人工的な着色を施してきました。カレーライスにつきものの福神漬けには濃い赤紫色をしているものがありますが、もちろん合成着色料が使われていて、人々に福神漬けとはあんな色のものだと思いこませてしまいました。

漬け物業界の人たちは、人々に食べ物のもつ自然の美しさを失わせ、食べ物への感謝を失わせていることに、そろそろ気づいてもいい時期に来ていると思うが、いかがなものだろうか。

参考文献 噛めば体が強くなる 西岡一著 草思社

2008年4月18日 (金)

歯なくして幸福なし

本日は、西川義昌先生の著書からお届けいたします。西川先生は個人的にもよく教えていただいている大変立派な先生です。

先生から教えていただいた治療方法で多くの患者さんを救うことが出来ています。

◇歯なくして幸福なし

健康な人がふだん健康のありがたさを感じないように、痛みも何もないときに歯に心を配る人は多くないでしょう。だから、歯科医院がいつも繁盛しているのですが、ふつうのまじめな歯科医はしばしば残念に思っています。

歯は、だれでも知っているように、非常に硬い組織です。その硬さの秘密は歯の表面を覆っているエナメル質にあります。エナメル質の硬さは鉄にまさり、水晶(石英)と同じくらい。そのため、歯を削るのに使用する歯科医の道具「ダイヤモンドバー」には、その名のとおりダイヤモンドの粉がバーの表面に吹き付けられています。

歯がこのように硬いのは、歯がそれだけ重要な役目を負っていることの証拠です。じょうぶで長持ちしなければならないからこそ、歯は硬く出来ているのです。また、歯が硬いのは、硬いものを食べるからだともいえるでしょう。やわらかいものしか食べないのだったら、硬い歯は必要ないと想像されます。

野生動物を見ると、歯がそれぞれ動物の食生活に適した構造をしていることがわかります。ライオンやトラなどの肉食動物は、獲物に食らいつき肉を切り裂く犬歯が発達し、臼歯は肉を噛みちぎるように鋭利にとがっています。反対に、草や葉っぱを食べる馬やウサギなどの粗食動物は、草をかみ切る門歯が発達し、臼歯は草をすりつぶすために文字通り臼のようになっています。

では、人間の歯はどうなっているのかといえば、肉食動物と草食動物の両方の特徴をほどほどの備えているといえるといえます。これは人間が雑食ゆえなのでしょう。肉も草も食べられるように、人間の歯は進化してきたといえます。

そして、これらすべての動物の歯は硬いことで共通しています。歯が硬くなければ肉をかみ切ることが出来ず、葉っぱや果実をかみつぶすことが出来ません。

野生動物にとって、歯を痛めたりなくしたりすることは、そのまま死につながります。だから歯はとてもじょうぶで、ちょっとやそっとのことで欠けたり折れたりすることはありません。

人間の場合は、歯がなくなったからといって、すぐにどうのこうのいうことはありません。歯がなくてもやわらかい食事で栄養は十分とれますし、入れ歯という人工臓器もあります。

しかし、歯が悪くなれば、食生活がそれまでち変わってしまうことはいなめません。いくら好物でも、硬いものは食べられなくなります。

食べるという行為は、人間にとって単に栄養をとるということ以外に、生活の上での楽しみでもあります。生きる喜びの一つといっても言い過ぎではないでしょう。それが、歯を悪くすることで奪われてしまいかねないのです。

1999年(平成11年)に実施された厚生省(当時)の『歯科疾患実態調査』によれば、70~74歳の高齢者で、一人が平均してもっている歯の数は13本以下という実態があります。ふつう人間の歯(永久歯)は全部で32本なので、半分以下になってしまうわけです。そして10年後の80~84歳では、残っている歯の数は一人あたりわずか7.4本です。しかも、80歳以上の高齢者のうち、実に半数近くが歯を全喪失してしまっています。これでは、食事を楽しみ、心豊かな老後を送ることができるはずがないではありませんか。

歯のありがたさは、失ってみて初めて気づきます。入れ歯の高齢者はきっと全員がそおっしゃるでしょう。だから、若い人やまだ歯がたくさん残っている人に、歯についての理解を深め、歯を喪失する主たる原因である虫歯や歯周病を知り、健康な歯の維持に努めてもらいたいのです。

参考文献 知っておきたい歯と口の健康学 西川義昌著 山海堂

2008年4月 8日 (火)

歯磨きは仏教とともに

本日は、磯村先生の著書からお届けいたします。

☆歯磨きは仏教とともに

日本人は、農耕民族のためか、日本最古の文字は、二世紀末の弥生時代の土器に墨で書かれた「田」(水田の形から作られた文字)という字ではないか、と言われています。

「口」という文字も古く、三世紀後半の土器に彫られたものが見つかっています。「歯」は、五世紀半ばの反正天皇(別名 瑞歯分王 みずはわけおう)の名前に初めて出てきます。

それでは、人間はいつから歯を磨くようになったのでしょうか。チンパンジーは、歯の間にはさまった食べ物を枝の先で器用にとります。サルから人間へ、古代人たちも歯の間にはさまった食べかすが気持ち悪くて、何とか取ろうとしたことでしょう。こうして歯磨きがはじまりました。

ユダヤ教の法律(BC十五~十三世紀)や、エジプトのパルピス(BC一五五〇年)に歯磨きの記述が見られます。

アッシリア人(BC七〇〇年頃)は、鼻と口の中を清潔にし、指先で歯をこすることを健康法としていました。また、アリストテレス(BC三八四~三二二年)はアレキサンダー大王のために書いた「健康の書」で、「大王様後起床とともに手を洗い、口をそそぎ、目と鼻の穴をお掃除ください。それがおすみでしたら目の粗いタオルで歯をおみがきください」と説いています。

マホメットも「汝ら、心をこめて歯を磨け、それは神を崇めるの道なればなり」と教えています。

古代人たちの食生活は質素で、砂糖などはありませんでした。ですから、虫歯は少なかったのですが、穀物などのデンプンが主だったので、歯の周囲にべっとりとくっつきました。それを放置しておくと口臭がしますし、不潔です。古代インドでは歯の清掃を一日2回、朝夕行う週間がありました。

釈迦は口の中をきれいに清掃することによって、五つの功徳(利益)があると教えました。「一つは口中の臭気を除く、二つには食物の風味が良くなり、三つには口中の熱を除き、四つには淡を除き、五つには目がよくなる」と。歯磨きは仏教徒の守らなければならない大切な戒律の一つでもあったのです。

日本では古墳から出てきた人間の歯に、一面だけひどくすり減っているものがあり、歯を磨いていたように見えなくもありません。古来から日本人にも身を清め、口をすすいで神に詣でるという習慣はありましたが、日本での歯磨きの思想は、五三八年の仏教伝来とともに伝えられたようです。平安時代に密教の儀式として民間、世間一般に広く伝わり、口腔衛生法としての歯磨きが普及していきました。

庶民生活に定着したのは江戸時代の元禄のころからで、井原西鶴は「歯は透き通るほど白く、磨きつくすを第一にす、好色の家にて口中をたしなむこと最上の業なり。外をつくひたりとも、口中無沙汰なれば、色を好むと言ひ難かるべし」と記しています。

また、中国の晋(二六五~四二〇年)に、孫楚(そんそ)という負けず嫌いの人がいました。ある日、王斎(おうさい)とう友人に「沈石漱流」(まさに石に沈し流れに漱がんと欲す)と言うべきところを間違って「沈流漱石」(石に漱ぎ流れに沈せん)と言ってしまいました。王斎は「流れは沈すべきものではなく、石に漱ぐべきものではない」となじると、孫楚は「流れに沈するのは耳を洗うためであり、石は漱ぐのは歯を磨くためである」と巧みにこじつけてやり返しました。「流石(さすが)」という語はこの古事から生まれ、夏目漱石のペンネームもここからとられたそうです。

参考文献 おもしろい歯のはなし60話 磯村須賀人著 大月書店

2008年2月21日 (木)

顔の感覚器官

本日は、西原克成先生の「これだけで病気にならない」からお届けいたします。

顔の感覚器官は脳の出生器官

発生学的にみると、顎と口腔と鼻腔は、原始脊椎動物である軟骨魚類のエラ(鰓)の骨から発生したもので、これらは内臓頭蓋とよばれます。

したがって、「エラの張った顔」という表現は学問的にも正しいのです。

エラは呼吸用の内臓器官であり、系統発生学では「鰓腸(さいちょう)」といいます。

嗅覚神経の終末は内臓頭蓋の鼻腔に広く分布していますが、その根元は大脳の最先端に属しており、味覚とともに鰓腸内臓系の化学物質を感受する受容器官(感覚器)となっています。

これに対して、大脳・小脳・延髄と眼(視覚器官)・耳(聴覚・平衡器官)は、頭蓋神経系に属しており、神経頭蓋あるいは脳頭蓋とよばれます。視覚の眼と内耳の聴覚・平衡感覚は、ともに脳の突出した器官であり、脳の一部を形成しているのです。

このほかにも、顔面の皮膚には触覚器官があり、歯もまた重要な感覚器官です。視覚も聴覚も触覚も、すべて鰓腸由来の顎口腔系という内臓器官に隷属する感覚器官であって、脳の末端の出生器官なのです。

もともと脳は筋肉のためのシステムであり、筋肉のない生物には神経がありません。脳脊髄神経と感覚器官と内臓平滑筋と横紋筋は他がたがいに切ってもきれない関係にあります。

脳は、大脳辺縁系(内臓脳といわれています)と、大脳新皮質と小脳(内臓脳に対して体壁脳といわれます)とに分けられます。

参考文献 これだけで病気にならない~「顔と口の医学」 西原克成著 祥伝社

2008年2月15日 (金)

ニワトリの歯

本日は、ハヤカワ文庫 エドゥアール・ロネが書いた「変な学術研究1」からお届けいたします。

ニワトリの歯

科学者は次々に新しい事に挑戦して、未知の世界を切り開いていく。

それは、古くから言い伝えられた諺や、生活の知恵にもあえて逆らって、これまでの慣習や常識を覆すこともあった。

しかし、いつでもよい結果が得られるとは限らない。たとえば、アンドゥイエ(ソーセージの一種。バカの意味もある)が自分の力で1000㍍も空を飛ぶようになったら、何が起こるだろう。「アンドゥイエが何本も空を飛んだら、お前が飛行隊長の隊員だ(おまえはものすごいバカだ の意味)」という諺のとおり、この世はバカの飛行隊長であふれてしまうのである。

だが、そうはいっても、科学者というのはやはり無謀なもので、古くからこの諺に挑戦する輩が本当に出てきた。

2003年6月にリヨンの高等師範学校が、ニワトリに歯を生やすことに成功したと報告したのである。これを聞いて、人々が不安をかき立てられたのも当然だった。

「ニワトリに歯が生える」とは「金輪際ない」という意味だ。

人から無理な要求をされたら、「ニワトリに歯が生えたらやりましょう」と言って、婉曲にことわるのだ。

実際、世の中には、給料を上げてくれとか、貴重な品物を貸してくれとか、無理な相談だが簡単には断割り切れない要求がたくさんある。それなのに、本当に「ニワトリに歯が生えたら」、そういった要求がもはや断り切れなくなるではないか!これは大問題である。

いや、その問題はさておき、リヨンの高等師範学校ではどのような実験がおこなわれたのだろうか?

ニワトリに歯を生やすためには、マウスの胚が利用された。より正確にいうと、マウスの胚が幹細胞としてニワトリの胚に提供された。より正確にいうと、マウスの胚が幹細胞としてニワトリの胚に提供された。

その結果、この胚には切歯を生やす遺伝子が与えられて、それと同時に嘴を作る遺伝子が失われたという。もっとも、この胚は生き延びなかったので、実際にニワトリに歯が生えたわけではない。しかし、可能であることが分かったのだ。

それにしても、この実験にはどんな意味があるのか。実験の責任者エフティオ・ミトシディアス博士によると、「今から数百年前に、ニワトリの祖先にさかのぼる始祖鳥には歯列があった。しかし、歯の形成に関わる遺伝子のいくつかが、進化の過程で次第に消滅してしまった」というように説明している。

なるほど、ニワトリの祖先は歯をもっていた。おそらくご先祖さまたちは、ローストチキンを作る時に、かみつかれないように苦労したことだろう。

さて、ミトシアディス博士のグループは、この研究が「歯科治療の革命」への道を開くことを特に強調した。重い歯の障害を持つ患者に、乳歯を生えさせることが出来るかもしれないというのだ。とはいっても、それはまだ口約束にすぎない。実現の可能性も怪しいものだ。何しろ、「ニワトリの歯が生えたら・・・・」ということなのだから。

その一方で、この種の実験はすでに2002年9月ころから始められている。ボストンのフォーサイス研究所の研究者達が、子豚から取り出した歯の幹細胞を基にして、豚の歯をネズミの腸の中に生やすことに成功したのである。

これは独創的な実験であると評価されたと同時に、むしろ、科学研究はどんな事でもやりかねないという証拠にもなりました。明日にはシマウマの肛門に臼歯が生えるかもしれない。

そしてもちろんニワトリは、コルゲート歯磨きの広告に出てきてニッと笑って見せるだろう。

このような形で研究が進んでいったとしたら、結局、ニワトリには歯が生えるのだろうか?そうなったら、我々は無理な要求を断る時や、守るつもりもない約束をするときに、聖グラングランにお祈りするしかない。聖グラングランは、放蕩の生活のあとで悔い改めて罪を償い、ブレストで亡くなった成人で、誠実な人物だったが、大酒のみだった。

しかし、一人の娼婦が広い心をもって彼を正しい道に導いたので、残りの半生を伝導師として、ブルターニョ地方の北のフィニスティール県のために捧げたと伝えられる。

だが、実在が証明されていないので、聖人カレンダーの中に「聖グラングランの日」は定められていない。そのため「聖グラングランの日までに」と言って約束をごまかすことができるのだ。

そう、ニワトリがダメでも聖グラングランがいるので、まだだ丈夫だ。

だが、油断は出来ない。そのうち、もしかしたらヴァチカンの古文書保管人が地下室から聖グラングランの存在を証明する文書を発見するかもしれない。

そうなったら、我々はどんな要求にも従い、どんな約束も守られなければいけないことになる。そんな日が来たら、我々はいったいどうすればよいのだろう。

2008年1月 9日 (水)

咳は口に・・・なぜ?

本日は、松矢・古郷両先生の著書「のどちんこの話」よりお届けいたします。

咳(せき)は「くしゃみ」ほどすっきりした気分になりません。

風邪を引いて「ゴホンゴホン」と連続して出るものから、人前でわざとらしい空咳もあります。

一般に咳は気管・気管支または咽頭などの粘膜への刺激により、反射的に起こるものです。咳はくしゃみのように短く痙攣的に息を吸うことはなく、突然「ゴホン」と出たり、あるいは連続した咳では大きく息を吸って「ゴホンゴホン」とやっています。

ところで、口をしっかり閉じて咳をしようと思うと、なかなか大変です。普通は口を閉じては咳は出ません。しかし、不思議に思うのは、気管や気管支から放出された粘液や異物は、口から出ても鼻から出てもどちらからでも良いように思うのですが、なぜ口から出なければならないのかということでしょう。

気管・気管支あるいは咽頭の粘液や異物を排出させるためには、これらの部位での呼気のスピードが速くなければならないということは想像のつくことです。

そこで、声門を閉じて内肋間筋の収縮で声門下での呼気圧を上昇させ、一気に声門を解放して呼気を排出させているのが咳なのです。ですからすっきりしないときは、意識的に咳をして異物などを排出させることが出来るのです。

声門を閉じる筋肉は後筋以外の内咽頭筋の働きであって、これらの筋肉が働くと「くしゃみ」とは反対に「のどちんこ」が挙上させられる(促進する)のかというと、実はそのような反射作用は存在しないのです。

犬を用いた実験で、声帯を閉じる筋肉が働かなくなっても、声門下圧(声門下での空気の圧力)が上昇すると「のどちんこ(軟口蓋)」が挙上するという反射が、脳幹を介して声門下粘膜の圧力センサーと軟口蓋との間に存在することが明らかになっています。

すなわち、咳では「のどちんこ」から鼻への通路を遮断した状態で、口にのみ勢いよく呼気が出る仕掛けとなっているので、口を閉じて鼻では咳は出来ないのです。

ところで、咳では声門を十分に開大していないし、勢いよく呼気が通過するので、その際に「ゴホン」という声が出るのは仕方がないことで、下品でも何でもないことです。

参考文献 のどちんこの話 松矢篤三 古郷幹彦著 医歯薬出版

2007年12月13日 (木)

美人の条件3

昨日の続きです。

顔を構成する個々の要素のうち、特に我々に関係があるのは、目、歯、唇です。明眸皓歯(めいぼうこうし)といい、澄んだ瞳、白く美しい歯で、美人の形容に使われています。また、歯と唇とは密接な関係があることから、中国に「脣歯(しんし)」という言葉があるくらいです。これは、中国の「左伝」にある「諺所 謂、輔車相依、唇亡歯寒」から由来しています。

本来、「くちびる」という文字には「脣」が使われていました。現在は、「唇」の字が使われています。脣の「辰」は、貝殻が開いて弾力性のある舌(吸水管)が出てふるえる様を表しています。「脣」は「肉付き+音付辰」の会意兼形声文で、柔らかく、ふるえるくちびるという意味なのです。

「唇」は、もともとふるえることで、本来「脣」とは別字でしたが、後に混用され今日にいたっています。

顔の中で最も自由に動く、口唇の動的表現による美的効果は絶大で、その変化複雑です。

乳幼児の唇が小さく、可愛いのは、顎が未だ発育途上で、噛むという動作がなく、哺乳が主で積極的に噛む運動がないので「おちょぼ口」と言われるような形なのです。授乳期間に終始母乳(ほ乳瓶から吸う)で育った幼児とでは上唇の形が違います。

母乳栄養の幼児は上下唇の口角部は一致していますが、人工栄養で育った幼児は上唇の横幅が短く、両端は口角の手前で止まっています。それが増齢的に噛む運動が積極的になるにしたがって、唇は横に幅を広げ、厚さを増して行きます。そして、色も「紅き唇」(茜色)から暗紅色になり、唇の輪郭の稜が鋭くなってきますが、個人的に一様ではありません。唇の格好は人種によって違います。西洋人は薄く、日本人は比較的厚く、黒人は厚く大きいのです。また、性別、年齢によっても違います。

最近、口唇が大きく、薄く、笑うと奥歯まで見える女性がいます。これは下顎骨の発育が悪く細いためで、唇と下顎骨のバランスの視覚的錯覚によってそのように見えるだけです。計測すると意外と両瞳間隔と口角幅はほぼ等しく、外観上、下顎骨の発育が悪いので口唇が目立った結果であるようです。

また、形の良い唇を持ちながら、なんとなく締まりが悪い女性を見かけます。マリリンモンローがうっとりしたときにやる演技の中で唇を少し開いたポーズの事です。一見セクシーですが、普段からこのような状態、悪く言えば口の締まりが悪い人は、顎とその周囲の筋肉の弱さによるといえるでしょう。

また、口角部には口角挙筋と口角下制筋があって、笑ったとき口角挙筋が働いて口角を挙げると明るい笑顔になります。これも良く噛んで口の周りのニ筋肉(口輪筋、口角挙筋や口角下制筋)を訓練することによって、自然に行うことが出来るようになります。

お化粧に念を入れる前に、美人の大切な条件である「しまり」のある口もとについて考えて見ませんか。それには常に良く噛む習慣を付けて筋肉に張りを持たせるようにすることと、精神的に自分の顔に自信を持つことです。

さて、鏡に向かって唇をただ正面から澄まして、閉じた形だけで念入りに化粧をしても無駄です。その前に、自分の唇の斜めや横や真横からの形を見極める必要があります。大切なのは、唇は、話す、笑うなどの動作によって、たちまち変化する動的な存在であることを忘れてはいけません。

談笑ですぐ不自然に崩れて見えるような、静的化粧を施したのでは問題になりません。

唇の形を基礎的に決定するには、前歯の生えている上下顎骨(歯槽突起)の構成の形と前歯列のそろい方です。したがって、入念に化粧しても徒労に帰する場合が多いのです。

唇を美しく見せるには、歯牙の萌出時期から注意して、さらによく噛む習慣をつけることで、顎の順調な発育を促す必要があります。

歯列不正による口吻突出(出っ歯)は、日本人に非常に多いようです。何も口吻の突出の程度が、直接、頭脳や知性の優劣を示すものではありませんが、鼻と違い突出しない方が優美に見えます。このような口吻突出(出っ歯)を江戸時代から今日まで陰語で「山桜」と言っていました。なぜならば、山桜は花(鼻)より葉(歯)が先に出るからです。

西田正秋氏は『犬歯(八重歯)が出ていて可愛いなどていいながら、ルージュの塗り方を工夫しているような不合理さをもっているようでは、到底、真の美女にはなれませんし、知能指数を疑われてもしかたがありません。土台の如何も考えず、ただただ「化粧の嘘飾」というような一面的考え方は改めたほうがよい』と述べています。

さらに八重歯は、海外ではドラキュラを想像させるので、忌避されます。いずれにせよ、口唇は審美の面からも、愛情の面からも重要な要素であります。

参考文献 噛む 歯は命 長谷川正康著 求龍堂

2007年12月12日 (水)

美人の条件2

昨日の続きです。

日本にも、美人の色香に迷い、城や国を滅ぼす意味の「傾城(けいせい)」という言葉があります。これはもともと中国の「漢書外威傳(がいいでん)」にある「北方有佳人、絶世面獨立、一顧傾城人國」の傾城を合わせた言葉です。

この言葉は、わが国では主に京都島原の太夫や江戸新吉原の花魁など絶世の美人を指して言ったのです。

これと同時に、美人の誘惑を戒めた言葉でもあります。

さて、鼻には動的機能はほとんどありませんが、顔の中心に立体的に存在していますので、正面からは、その個性的形態を充分に観察しにくいものです。その証拠に、写真や絵画、特に日本の浮世絵は見あたりません。したがって、美女の第三条件は、個々の顔の構成要素が一つ一つ良くなければならないということになります。これが顔つきというもので、自分の人生の歴史の中で作られるものです。

以上の条件に合わないからといって悲観することはありません。最近の女性美として、オカルト美女というものが東京の赤坂、六本木あたりでもてはやされたといいます。通称、オカルトOccultとは超自然的な現象や作用(原義は神秘的な)という意味の英語です。

わが国では、超能力とか呪術というニュアンスで用いられています。言葉の意味からすれば、当然、神秘的な絶世の美女の事と思いますが、実は顔を構成する瞼、鼻、口など部分的にその形態を見ますと、決して良い型とは思われない、むしろブスの中に入るとしか思えないのに、全体的には何となく、それなりに見られる顔で、しかも、その雰囲気のなかには、なにやら怪しい色気さえも漂う。。。。。。。そんな女性をいうのです。

諸姉の中に、顔について劣等感を持っておられる方、心配はいりません。ファッション(流行)は度々繰り返されるものですから、その流行の波に乗れないからといって悲観する必要はありません。いつの日か、あなたの顔が美人の代表となることもあるからです。うわべの流行に惑わされず、心の美を求めれば、美人でなくとも「美しい女性」になることが出来るでしょう。ただし、顔の表情は噛む習慣によって培われることを忘れてはいけません。

明日へ続きます。

参考文献 噛む 歯は命 長谷川正康著 求龍堂

2007年12月11日 (火)

美人の条件1

本日は 、何日間に渡り、長谷川正康先生の「歯は命」より美人の条件をお届けいたします。

国語辞典を引きますと、人相とは「人のみめ」(見目、眉目)で、顔かたち、特に女性の顔立ち、器量(きりょう)とります。「きりょうよし」の意味は顔かたちが美しいこと、美貌のことです。

また、美人とは、①顔や姿の美しい女、②美しいこと、③才徳の優れた女性と書かれております。私は、美人とは主として①②を具備した女性であると思っています。この範囲の女性は数多くいます。

しかし、③を同時に持っている女性は意外に少ないようです。私は、三つの条件を備えている女性を「美しいひと」と表現しています。

美人(きれいな人)と美しい人は違うと思っています。

美人というのは、顔の美醜のみに限定されるものではなく、髪型、顔の形態、体型、服装、才徳などのバランスを総合して決まるようで、ミス・ユミバース、ミス・ワールドの審査選考の様子をみますとよくわかります。

最近は、わが国にも足の長い、すらりとした、いわゆる、股下75センチ以上の格好の良い若い女性が少なくなりました。おそらく、生活様式の変化で座敷に坐る習慣が少なくなったことと、食生活が洋式になった結果ではないかと思われます。

昔、伊藤絹子がミスユミバース第三位に入賞したとき、世界で宣伝されていたのは八頭身という言葉でした。彼女は実際は七頭身半くらいだと思われます。

ちょうど、その頃のアメリカ映画会社の採用標準は、百点満点で才能は五十%、残りの五十%は髪六点、眼十点、口唇九点、歯二点、バスト四点、ウェスト二点、ヒップ五点、手五点、足七点。すなわち首から上二十七点、手足十二点、BHW十一点で、これからすれば口唇と歯が十一点で、全体の十一%、五十点の率からすれば二十二点で、口歯がいかに擬人の魅力的要素として常識化されているかを物語っています。

人の美醜は、人種や国柄でその標準が違うもので、といって、その標準に一定の規定があるかというとそれはなく、また、それぞれの人種、お国柄で特に規定、基準が違うようです。彼らの好みや美意識は、その時代、時代の流行で決まるようです。

東洋人が観る西洋美人、西洋人が観る東洋美人は、多少なりとも自分の種族の美人の要素をもつものを選ぶ傾向があります。これは、おそらく親近感によるものと思われます。また、同時にまったくそれらに関係なく、別の範囲のい人を選ぶ傾向にあります。「なるほどザ・ワールド」というテレビ番組(今から20年以上前に放送していた番組です)の外国人の好みの日本人の男女芸能人を選ばせるクイズを観ても分かることでしょう。

一般に美醜の判断は顔が中心で、顔は人々に最も敏感に美醜の感じを与えるところです。

美人に対して、醜女(しこめ)に属する人をわが国では一般に「ブス」といいますが、なぜ不美人といわないで「ブス」というのでしょう。

夏になると紫色の美しい花を咲かせるトリカブトという植物があります。この根にはアルカロイドが含まれています。昔、狩人達は、この根を砕いて、その液を矢に付けて大きな動物を狩りました。このトリカブトを漢方薬(生薬)では「附子(ぶし)」といって、強心剤、強精剤に用いていました。人がこれを多量に飲んだり、傷口から入ったりすると、顔面蒼白、呼吸中枢に麻痺を起こし、同時に感情や思考力が停止し、無表情となります。この状態を「ブシ」による顔、訛って「ブス」というようになりました。

したがって、顔に動きのない、感情のない能面のような顔をブスと表現するようになりりました。

顔を構成する要素を見ると、まず、その土台となる頭骨、上下顎骨の表面(顔という敷地)に、額、眉(毛)、目尻、目(目とは主として眼球のみを表現し、瞳のこと示します)、鼻、頬、口唇(口唇と歯)、オトガイ、そして耳が造作として配置されています。これを顔立ち・生まれつきの顔といいます。

これらの顔の構成要素の各々には、それぞれ大小、細太、長短、厚薄などの違いはありますが、顔に対して、それぞれの配置が解剖学的平均的基準に合っているか否かによって、ある程度、美醜が決まるといわれています。

この配置バランスの良いのが美人の第一条件でしょう。

しかし、顔を構成する多くの要素の中で、眉(毛)、頬もそうですが、特に目と口は直接動的な機能をもって変化するので、外形の美醜に影響すること甚だしいのです。「目は口ほどに物を言い」また「目元千両口元万両」という諺(ことわざ)でも分かるとおりで、すばらしい顔の動き(動的機能)を持つのも美人の第二の条件でしょう。

動きのない顔があったら、これこそ「ブス」といっていい顔というものでしょう。噛む習慣をつけて、顔に動きのある明るい表情を作るようにしたいものです。

鼻や耳は静的存在なので、美醜に直接関係がないのでしょうか。

日本では昔から「目鼻立ち」と言われたくらい注目された部分です。鼻は、目、口と違い、耳元に立体的な存在で、鼻筋が通って高いのを良しとしています。したがって、鼻ぺちゃはブスに属することになります。

クレオパトラは、美人の条件の総てを備えた絶世の美女であったといいます。これに迷ったローマのアントニウスは、彼女にそそのかせれてローマに矢を引き、エジプトと共に滅亡してしまいました。世の多くの歴史家は「もし、クレオパトラの鼻が低かったら、歴史は変わったであろう」といいます。彼女の鼻は、国を滅ぼすほど格好がよかったのでしょう。

明日へ続きます。

参考文献 噛む 歯は命 長谷川正康著 求龍堂

2007年12月 9日 (日)

歯科医院のここが苦手1

ALL  ABOUT(オールアバウト)というwebサイトに歯科のページがあるのですが、そこに「歯科医院のここが苦手」という特集が組んでありました。

とても参考になりましたcoldsweats01sweat01

皆さんは、「そうそう、そうなのよね~」って感じで読んでみてください。

第10位・・・費用の高い治療を営業されること。

これも、歯科医にとって頭の痛い話。日本の社会保険システムが世界の歯科医療に追いつけない為に、最先端の治療が保険適用にならないという事だと思います。やはり、よりよい歯を入れて貰いたいということでしょうか。

やはり、良いと思っている治療を勧めてしまうのでしょうか・・・・・・・・。

第9位・・・診療室から聞こえてくる子供達の泣き声

これは、歯医者にとっても辛いところ。最近の歯科治療というのは、子供にとっても痛みがなくなってきているのです。でも、恐怖心で泣いてしまうのですよね。慣れているお子さんはそうではないのですが、はじめてのお子さんは、連鎖反応で泣いてしまいのです。歯医者もたぶん、心を痛めているはずです。ごめんね、お子さま。

第8位・・・麻酔注射の後、口がうまく開かない/閉じられない

第9位でもいいましたが、最近の歯科治療はほとんど痛みがなくなっています。それは言い換えれば、麻酔の技術が向上しているという証拠。こればっかりは、ごめんなさいだね。(謝ってばかりrain

第7位・・・室内のにおい

これは、歯科関係者は全く気が付かないと思います。私の嫁の実家は醤油屋さんなのですが、はじめていったときはとても醤油くさかったのですが、嫁に聞いてみると、まったく醤油臭さを感じないようです。私も歯科医院の室内のにおいが全く分かりません。たぶん慣れでしょうね。

第6位・・・バキューム(つば取り機)

お子さんに多いのですが、歯を削るのは何でもないのに、バキュームで大泣きするというお子さんが多いです。でもバキューム好きで、勝手にバキュームをつかん色々な所を掃除機の様に吸うのは勘弁して欲しいなあ・・・。

明日は5位から1位までです。

2007年11月20日 (火)

お口の健康にはお歯黒!

本日は、日本歯科医師会の発行している広報誌「歯っぴいスマイル AUTUM2007」号からお歯黒についての話です。

日本には、「黒の化粧文化」ともいえる時代がありました。その代表例が歯を黒く染める「お歯黒」。

お歯黒は、平安時代に女性が成人した印としてはじまったとされています。明治ころまでは約一千年もの間続き、女性だけでなく男性もお歯黒をした時代がありました。

このお歯黒は、歯の健康にとって大変良かったようです。というのも、お歯黒をつける前に歯の汚れを取る必要があり、その事が自然と虫歯予防になっていました。

お歯黒の成分であるタンニンは歯質タンパク質を収れんさせて腐敗を防止します。事実、昭和51年当時、お歯黒を日常的にしていた最後の人といわれた96歳になる秋田県のご婦人には虫歯がほとんどなく、50歳代の歯齢であったと伝えられています。